先人に聞く。
魅力ある職場づくりとは――
INTERVIEW05

“人事のかかりつけ医”社会保険労務士・米澤裕美さんに聞く、ライフステージが変わっても長く働き続けられる職場環境づくりの極意とは?

米澤裕美さん

「魅力ある職場づくり推進奨励金事業」では、従業員のエンゲージメント向上に向けた職場環境づくりに積極的に取り組む企業をサポートします。ライフステージの変化の中で大胆なキャリアチェンジを実践された社会保険労務士の米澤裕美さんが考える、働きやすい職場とは? 働く人の人生の転換期を「支える側」と「支えられる側」、双方の視点から伺いました。
PROFILE米澤裕美/米澤社労士事務所代表・社会保険労務士
新卒から19年間、大手ネットワーク機器メーカーの内勤営業として勤めたのち、社労士法人勤務を経て独立開業。メーカー勤務時代に2度の育業(※)も経験。(一社)日本テレワーク協会 客員研究員。過去には厚生労働省委託事業 職務評価コンサルタントとしての実績がある。主な著書に「図解でわかる社会保険 いちばん最初に読む本」(共著、アニモ出版)など。

※「育業」とは、都の公募によって決まった「育児休業」の愛称です。

「お互い様」の気持ちが生まれるような労使の関係づくりを

米澤さまご自身、現在に至るまでに育業や資格取得、独立開業と、ライフステージの変化の中でキャリアチェンジも経験していらっしゃいます。社労士を目指した思いやきっかけなどについて、また、現在のお仕事について教えてください。

IT企業に19年間勤め、営業部のインサイドセールスや業務改善などを担当し、40〜50人の従業員をまとめる統括リーダーも務めました。長年企業で働く中で、多様な働き方やキャリアの重要性を痛感していたため、自分自身の働き方を再設計し、働く人たちのサポートにも携わりたいと考え、社労士の資格を取得して退職、社労士法人勤務を経て今に至ります。

資格を取得した時点では起業までは考えていませんでしたが、往復3時間以上という通勤時間をどうにかしたいという思いはありました。子供が小学生になったばかりというタイミングでのキャリアチェンジには不安もありましたが、外の世界で未来の可能性に賭けてみたいとチャレンジしました。長い通勤時間を有効活用し、人生で一番勉強したというくらい頑張ったと思います。

現在は、社会保険労務士(社労士)として企業の人事に関するコンサルティング、労務管理のサポートなどを行っています。社労士の仕事を通して多くの経営者が採用や人材の定着に課題を抱えていることを目の当たりにし、「働き方」を通じて企業がブランディング*1を図る「働き方ブランドコンサルタント」としての活動も始めました。アウターブランディング(外部への発信)とインナーブランディング(社内への発信)の両方を視野に、働き方を表現する動画やウェブサイトの作成などのサポートを行い、相談いただく企業の労働環境のさらなる向上を目指して活動しています。自社の良さを社内外に発信することが、従業員のやりがい向上、つまりエンゲージメントの向上につながると考えています。

*1:自社の商品やサービス、自社そのものの独自性を認識してもらい、他者との差別化を図る取組

ご自身が育業された頃と比べ、今では産休・育業の制度はかなり普及してきていますが、職場の雰囲気なども改善されてきていると思われますか?

私自身は2度の育業を経験しましたが、勤続も長くそれなりに会社に貢献できていたこともあり、かなり周囲の協力体制が整った中で育業できたと思います。ただ、周囲を見ると「妊娠中・子育て中なのだから、当たり前」という周囲のフォローありきの態度によって、他の従業員との関係がギクシャクしてしまうケースもあり、職場で周りの理解を得ながら育業することの大変さを目の当たりにしました。

実は、こうした人間関係の課題は、当時よりも今の方が増えているように思います。育業は正当な権利ですが、周囲の理解と協力なしには成り立たないのが現実ですから、そこには「お互い様」という気持ちが大切です。今は多くの企業が働きやすい職場環境づくりに取り組んでいるため、育業しやすさという面では以前よりも改善されていると思いますが、人手の余裕がなく、限られた人数で回していかなければならないという職場が少なくありません。その中で従業員が権利を行使できるようにするためには、権利を行使する側も周りに感謝の気持ちや、いつか同僚が介護や病気を抱えたときには恩返しをする気持ちを持って、「お互い様」の気持ちが生まれる雰囲気づくりを自ら心がけてほしいと思います。

職場の課題だけでなく、「いいところ」も見つけて共有

労働環境に関する最近の傾向について伺います。コロナ禍を経てテレワークなど多様な働き方が普及しましたが、そこで新たに浮かび上がってきた課題はありますか。
育児や介護など個人的な事情を抱えている人にとっては、テレワークによって通勤という障壁がなくなって働き続けることが可能になりました。ただ、中には、テレワークで生産性が悪い働き方になり、やむなく廃止してしまったケースもあります。せっかくの良い制度を継続していくためには、従業員自身、働き方を工夫して生産性を上げていく努力は欠かせません。
また、直接会って話す機会が極端に少ないと、従業員によっては相手の考えや感情が見えず、コミュニケーションに不安を感じる場面もあるといいます。そうしたことを解消するために、みんなで登山に行ったというIT企業の話も聞きました。
このように、テレワークの普及は、コミュニケーションやチームワークの重要性を再認識するきっかけにもなりました。
テレワーク中心になって対面の機会が減ると、どうしても不安を感じやすくなるものです。どんな働き方であっても全ての従業員が安心して働ける環境づくりのために、例えば社内イントラネットを活用し、企業のビジョンや使命などをわかりやすく言葉にして、全従業員に伝えることを提案します。

従業員のエンゲージメントを高めるために、経営者にとって大切なこと、取り組むべきことは他にありますか。

経営者を含め従業員同士お互いの理解と信頼関係が欠かせません。社内イベントや研修を通じて、お互いを知る機会を増やすことが効果的です。従業員は、社内で理解されて周囲の人からのサポートを受けると、自分の仕事に価値や意義を見出しやすくなりますし、他の人から信頼されていると感じると、自信を持って自主的かつ創造的に仕事に取り組むことができます。

また、自分が働く職場の長所を見つけて社内で共有し、さらに内外にアピールすることも、従業員のエンゲージメント向上に役立つと思います。これについて私が関わった例を挙げましょう。ある中小企業が「テレワーク推進賞*2」を受賞したのですが、経営者がおっしゃるには「目的はテレワークそのものではなく、チャレンジすることだった」と。テレワーク導入のためにはさまざまな業務を変える必要が生じ、変えることによるデメリットもあるかも知れないけれど、それでもチャレンジを進め続けることを決断されたのです。
こうした経営者の姿勢が社内の良い雰囲気をつくっていったのでしょう、この受賞について従業員の皆さんも大変喜び、SNSで喜びを発信もされていらっしゃいます。このように、自分の職場に対するポジティブな気持ちを広く発信することは企業のブランディングになりますし、従業員のエンゲージメントにもつながっていくと考えられます。

ですから 経営者の皆さんは、例えば「職場ではみんなが褒め合う」といった小さなことでもいいので、会社の「いいところ」をもっとアピールしてはいかがでしょう。会社の課題に目が向きがちですが、会社のいいところ、自慢できるところを見つけていただきたいと思います。

*2:一般社団法人日本テレワーク協会が主催する、国内でもっとも歴史のあるテレワークに関する表彰事業

制度やルールを分かりやすく表現し、従業員全員に周知することから

「魅力ある職場づくり推進奨励金」の前提となる15項目のうち、従業員のライフステージの変化に対応する取組もいくつかありますが、特に注目しているものはありますか。また、新たな制度の導入をうまく進めるポイントについても教えてください。
私が特に注目したのは「12.産休・育業を支える従業員への支援制度」です。これは出産や育児で長期に不在にする従業員をフォローする側の従業員に対する支援で、従業員数に余裕のない企業では本当に助かると思います。大企業のように人材が豊富ならみんなで分担できますが、ギリギリの人数で回している企業では、どうしても一部の従業員に負荷がかかってしまいがちです。少しでも手当がつけば、支える側は気持ちよくフォローすることができ、支えられる側は後ろめたさを感じにくくなると思います。

このほか、私がご提案するものとしては「6.社内メンター制度」の導入があります。普段から先輩に相談することはよくあると思います。しかし、実際は部署によって相談しやすかったり、しにくかったりがあると思います。「6.社内メンター制度」を制度化することにより、部署によるばらつきなどを解消でき、若手従業員が職場で安心感を持つことができます。このことは従業員のエンゲージメントの向上につながるでしょう。導入に際しては、ちょっとした傾聴スキルを学べるような、メンターへの研修を取り入れるのもおすすめです。

制度を導入する時に重要なことは、就業規則への記載と社内全体への周知だと考えています。そうでないと、制度が形骸化してしまいかねません。また、制度の意義や目的を分かりやすく従業員に伝え、知ってもらい、理解してもらうことで、円滑に制度を運用できるようになります。
そもそも制度というのはとても複雑で、労働基準法上の条文などは言葉も難解なので、ちょっと読んだだけで理解するのは難しいのです。そのため、 制度を分かりやすい言葉で記載して、従業員の誰もが参照できるようにしておくことも大切です。私がおすすめしているのは、イントラネットを利用したスマホで見られるルールブックのようなものです。「就業規則」という堅苦しい表現ではなく「みんなに守ってほしいルール」「知っておいてほしいルール」というかたちで伝えれば、より周知され従業員の理解も深まります。

職場環境や働き方を改善する取組は、企業ブランドの魅力を高めるだけでなく、従業員のエンゲージメントも向上させ、さらに、良い人材の確保や定着の効果を高めるものでもあります。「魅力ある職場づくり推進奨励金」のような制度を上手に活用して、会社のミッションやビジョンを大事にして従業員の皆さんと一緒に前進してほしいと思います。

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