一之瀬幸生さん
ライフ・ワーク・バランスには、「バランス」という言葉が入っているので、仕事の成果と社員の生活を天秤にかけがちなのですが、そうではありません。その両方を大切にすることによる相乗効果(シナジー)によって仕事の成果も上がり、生活も豊かになると考えています。そもそも仕事と生活を完全に切り分けることはできません。ジョギングをしながら、仕事について反省したり、新しいことを思いついたりすることもあると思います。仕事ばかりしていると、心も体も疲弊してモチベーションも生産性も下がる可能性があります。つまり、ライフ・ワーク・バランスをしっかり取ることは社員のモチベーションを上げ、生産性を上げることになり、新しいアイデアを生み出すことにもつながります。
ですから、ライフ・ワーク・バランスの目標は、企業の成長や持続可能性そのものに直結しているといえます。社員の生産性を上げ、優秀な社員の獲得と定着を確保するには必要不可欠なことであると私は考えています。この生産性というのは企業にとってとても大切なテーマで、たとえば最近「世界の先進国では軒並み賃金が上昇しているのに、日本だけ賃金が上がっていない」という指摘があります。その大きな理由が生産性が低いことだと思うのです。ライフ・ワーク・バランスに取り組んで生産性を上げようとするなら、小手先ではできなくて、経営戦略を見直すくらいの覚悟が必要になります。
私が企業の人事担当者に「働き方改革をやっていますか?」と聞くと、「残業時間の管理を始めました」「有給休暇の取得を管理しています」というお答えが多いのですが、それだけでは「働き方改革」ではなく「働き方改革関連法対策」をしているだけです。実効性のある働き方改革をするためには、「ライフ・ワーク・バランスや働き方改革がなぜ必要か」ということをきちんと理解する必要があります。
そのためには、まず経営者や人事部がライフ・ワーク・バランスをしっかり理解し、目的を明文化して社員に伝えていくことが大切で、研修やセミナーを行うのも有効でしょう。現場で働く人の意見も聞きながら、どうしたら生産性を上げながら休暇や育児、介護などをみんなができるようになるかを考えることが必要です。
現場の取組として、私は以下の3つの方法をご提案しています。
①朝・夜メール
社員一人ひとりが毎朝、その日の業務を時間単位でスケジューラーに落とし込んでチームメンバーにメールし、夜、帰宅前にそれを検証します。社員の時間意識を向上させるための施策です。
②カエル会議
チームとしての生産性を上げるために、帰り際に当日の目標を確認し、反省を行うものです。
③ライフ・ワーク・バランス目標
1カ月や半年といったスパンで仕事とプライベートでの目標を立て、それを公表するものです。チーム内でのコミュニケーションをよくする効果が期待できます。
この3つの方法は、特別な費用や設備を必要としないので、どんな企業でも取り入れやすく、チームで仕事をするという意識付けにもなるので、ぜひ試してほしいです。
経営者はまず、「社員のことを大事にしている」ということを伝えることが大事です。それから、さまざまな制度があっても使えなければ意味がないので、管理職の人たちには、ライフ・ワーク・バランス、育児制度、介護制度、女性活躍、LGBTQなど、新しく登場してきている制度や概念について理解を深めてもらう必要があります。
さらに仕事が属人化して、「ある仕事についてその人しかわからない」という状態だと、育児や介護との両立や長期休暇を取ることも難しいので、「チームで仕事を進める」ことが大切です。常に1つの業務を2~3人でできる状態にしておくことで、緊急の休暇などにも対応できるようになります。育児や介護などは誰にでも起こりうることなので、社員全員で助け合うことが重要です。そのためにマニュアルを作り、普段から予備練習をするなど準備しておくことも有効です。仕事の属人化の廃止にチームをあげて挑戦することが大事だと思います。
また、最近は従業員の賃金をなんとか上げたいという経営者は多いと思うのですが、賃上げのために長時間労働をするというのでは、それだけコストもかかりますから、意味がありません。生産性を上げ、利益率を高くしていくことが賃上げにもつながっていくので、モチベーションを高め、新しいアイデアを提案できるなど、従業員が職場において質の高いアウトプットをするために、ライフ・ワーク・バランスは重要だと強調したいです。
働く環境を改善するために研修会に出たり、外部の専門家に相談したりするには費用がかかるので、奨励金が出るのはすごくありがたいことです。中小企業はどんどん活用したらいいのではないでしょうか。さらに、「魅力ある職場づくり推進奨励金制度」に参加していることをアピールすれば、採用活動にもいい影響を与えると思います。
魅力ある職場づくり推進奨励金の要件になっている10項目のうち、フレックスタイム制や選択的週休3日制、ワーケーション制度などはライフ・ワーク・バランスに貢献し、それによって生産性が上がり、新しいアイデアが生まれることや、従業員のモチベーションとエンゲージメントを上げるのに、とてもいいと思います。
実際に会社がそうした取組を始めるときには、「会社として魅力ある職場づくりを進めたいので、どんな制度があるといいか」ということを従業員に話し合ってもらって、その上で進めるともっといいと思います。よくある残念な例は、会社がある制度を導入しても、従業員に使ってもらえないということです。従業員が話し合って決めれば、不平不満も出にくいと思いますし、たとえ全員賛成にはならなかったとしても、多くの従業員が話し合って決めたことなら、非常に前向きな動きになるのではないでしょうか。